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メイ.サートン著.武田尚子訳『海辺の家』みすず書房.1999年 サートンは住み慣れたネルソンの独り居をあとにし、メイン州の海辺に移った。老境を自覚する彼女の、またしても新しい人生の冒険である。一筋の光、ひとひらの雲、かすかな水のささやきにおののくメイは健在だ。しかしここでは「人生をもう一度ときめかせてくれるだろう誰かと、この住まい、この土地に感じる喜びを分かち合うのはどんなにまれであるかを思い知るのだった」と愛人の不在を嘆き、予告なしの訪問者に仕事のテンポを乱されると、必要以上と見える反応をしては後悔のほぞを噛む……芸術家としての焦燥や老年の不安、均衡を失いやすい気質から来るぎくしゃくしがちな人間関係を、悩みつつ、よろめきつつ生きながらも、サートンはいくたびかよみがえる。よい意味でも悪い意味でも、きわめて人間くさかったサートンの素顔はこれまでのどの作品よりも顕著に「海辺の家」にあらわれている。青い花の開くような黎明、潮騒の音に慰められ、励まされる日常をえがいた美しいジャーナルである。